居酒屋で経営知識

70.マーケティングとセリング

【主な登場人物】
ジン(北野):主人公 サラリーマンの傍ら経営コンサルタントをしている
黒沢:居酒屋みやびの大将 酒と和食へのこだわりが強み
由美:居酒屋みやびの元看板娘 黒沢の姪
雄二(鳶野):ジンの幼なじみ ジンの応援で起業した
大森:みやびの常連 地元商店街の役員
近藤:みやびの常連 建設会社顧問
亜海:居酒屋みやびの新しいアルバイト
原島:ジンの高校の大先輩。新社長としてジンにアドバイスを求めている。

「いらっしゃい。毎度」

「日に日に春になってきますね」

「やっぱり春というのはいいものですね。食材も増えてくるので楽しいですよ」

「大将、やっぱり春と言えば鰆(さわら)ですかね」

「西京漬けしてますから、焼きますか?」

「さすが!もちろんお願いします。まず、一杯だけはビールをやって、燗酒でいきたいですね」

「あいよ!亜海。ジンさんに生ビールと煮物のお通し頼むよ」

「はーい。お待たせ」

「お、フキの煮物ですね。これも旬ですねえ」

 季節をふんだんに感じさせてくれるのが、みやびのいいところだ。

「うまい。プハーッ」

「ジンさん、週末にはタラの芽も出しますから乞うご期待」

「みやびのマーケティングは客の好みと旬をうまくミックスしてますよね」

 亜海ちゃんの大きな目がキラリと光った(^_^;)

「マーケティングの話ね。マーケティングって、売り込みの方法なんでしょう?みやびは売り込みってしてるの?」

「ジンさん・・・最近、亜海まで由美の真似をし始めちまって」

「いいじゃ無いですか。自分の仕事に興味を持つことですから」

「やったー。ジンさん、私にも教えてくれるのね」

「もちろんだよ。ところで、今、亜海ちゃんが言ったのは、売り込みだったよね」

「ええ、そうよ。だって、マーケティングっていろいろ調べて、一番効果的に売るってことだって、確か鳶野さんが言ってたわ」

「ちょっとニュアンスが違うかな。一番効果的に売るっていうのは間違いじゃ無いけど、それを売り込みって言ってしまうとセリングになってしまうんだよ」

「セリング?Sellだから、売ることよね。それじゃあいけないの?」

「一般的にセリングって、短期的に売り込むことを言ってるんだ。それに対して、長期的に売れる仕組みを作っていくのがマーケティングって考えるといいと思うよ」

短期と長期、か。うーん。わかるようなわからないような」

「例えば、セールスマンっていう言葉があるけど、もっと言うと押し売りっていうのもあるかな。とにかく、うまくおだてたり、場合によっては言葉巧みに騙して売ってしまうというようなことが、セリングの悪い見本だね」

「押し売りって悪いって気がするけど、売る方からしたら、売れる仕組みならいいって思うのかもしれないわね」

「でも、どんなにいいものでも、押し売りで騙されて売りつけられたら、また、そこから買おうって思うかな」

「あ、それは嫌ね。いいものだったら、別のお店やセールスの人を探すわ」

「そこなんだ。マーケティングっていうのは、簡単に言うと、売り歩かなくても、お客さんから『売ってください』ってくるような仕組みを考えることなんだ。それに対して、セリングは、『買ってください』って押しつけることになるわけ」

「そうすると、うちだったら常連さんを作るとかになるの?」

「そうそう。亜海ちゃん、冴えてる。そういうことだよ。良く言われる言葉では、リピーターを作ることなんかがそうだよね。みやびでは、大型チェーン居酒屋のように一年中好きなものが食べられる訳じゃあ無いけど、季節季節においしいものを出して、お客の好みを取り入れたり、お酒との相性を提案したり、何度でも来たくなるようにしているだろう」

「それがマーケティングっていうことね。うまくやるのはきっと難しいけど、それをやっているところは長期的に繁盛するわけね」

「そうだね。テクニックじゃないんだね。心からおもてなしをするとか、お客さんの立場になって考えるとか、それを常に考えながら、変えていくことがマーケティングって言えるだろうね」

 鰆の西京焼きをぬる燗でいただく。至福の時だ。
 
(続く)


《1Point》
マーケティングとセリング

 一般的にセリングは今日の売上を目標とし、マーケティングは将来の売上を目標にしている活動とまとめられているようです。
 
 もちろん、セリングすべてが悪いといっているのではありません。実際には、売り込みをしないことには、認識されないと言うこともあるかもしれませんし、今日の売上が無ければ将来を考えることも出来なくなってしまうかもしれません。
 
 売れる仕組みをしっかりとマーケティングで創っていくことで、セリングを効率化し、省力化しても売れるようにしていくことですね。