居酒屋で経営知識

72.ベンチマーキング

【主な登場人物】
ジン(北野):主人公 サラリーマンの傍ら経営コンサルタントをしている
黒沢:居酒屋みやびの大将 酒と和食へのこだわりが強み
由美:居酒屋みやびの看板娘 黒沢の姪
雄二(鳶野):ジンの幼なじみ ジンの応援で起業を目指している
大森:みやびの常連 地元商店街の役員

(前回まで:コトラーの3層モデルで考えてみました。中核部分・実態部分・付随部分の3層として見てみると言うことでしたね。それ以上に、みやびのちゃんこ鍋がうまそうでした)

 鍋は具から出汁を取っているプロセスの途中だと言った人がいたことを思いだした。
 
「大将。大将の鍋は、元々の出汁が強みだと思うんですけど、それで魚や野菜、肉なんかを煮込むと、それらのうまみも出汁に混じり合うわけですよね。入れる具も大事なんでしょうね」

「そりゃ相性はありますよ。具に出汁がしみこむと同時に、具のうまみが出汁に加わるわけですから。うちの場合、他の店に較べて出汁が淡泊になっていると思いますよ。そのために、白菜よりキャベツの甘みを加えることにしたんです」

 大森さんも質問したくてうずうずしていたようだ。

「黒さんの鍋は、あれだよね。鍋の師匠がいて、それを盗んだんだよね。一度、この店に顔を出していた長井さんだったっけね」

「昔は、今みたいにレシピなんて作ってくれませんでしたからね。同じ材料を入れてもまったく違う味になることもざらでした。どうしてもわからなかったので、有名な鍋の店を食べ歩きしました。特に、高級鍋料理の店なんかは、無理やり厨房に押しかけて叩き出されたりしたものです。そこで厨房の見える場所に陣取って、作業の様子をメモしたりもしましたね」

「なるほど。師匠に教えてもらったというより、自分でベストプラクティスを探してベンチマーキングをしたようですね」

 大森さんも目を白黒させてしまった。

「ジンさん、また、ややこしいことを言いだしたね。ベストを着てベンチに座っているオヤジってことじゃないよね。」

 由美ちゃんがプッと吹き出した後を取り繕うように質問してきたのは、予想通りだったが。

「おじさんが、他の店を調べてまわったことを言っているようね。そのベストとかベンチとかって」

「そうだね。大将が自分と師匠の鍋についてのプロセスに何か違いがあるはずだと考えたわけだけど、その解決のために、外に目を向けたのが、まずすごいことだね。その上で、業界での最高と思われる事例を調査し、自分のプロセスや内容の違いを比較分析したんだと思うんだ。この最高の事例をベストプラクティスと言っているんだ。そして、比較分析をして改善のポイントを探ることがベンチマーキングというわけだ」

「そうすると、最高の鍋料理の店をベンチマーキングすると言うのは、そのプロセスをマネすると言うことになるのかな?」

「そこはちょっと違うね。マネをするだけなら、大将は自分の師匠のマネをすればいいわけだ。それを、外に目を向けて、優良な事例を調査して、何らかの違いを見つけ出したんだと思うんだ。それを、自分のやり方の改善点として何らかの目標を設定して、改善しながら自分のものにしていったんだと思うよ」

 大将も当時を思い出すように頷いてくれた。

「他店の鍋を、味と作業の流れをミックスして見てきたこととと特にそれをメモしたことが後につながったかもしれません。闇雲にマネするだけじゃなく、自分のやり方と何が違うのかを比較して、実際にどう変わったかを記録したりしました。今もその時のメモは持ってますよ」

「やっぱりなあ。黒さんの鍋には単にうまいだけじゃない何かがあると思っていたよ」

「大森さん、誉めすぎですよ。でも、そうやって皆さんが誉めてくれるのが今の味を作っているかもしれませんねえ」

 店内にちゃんこ鍋の汁をすする満足げな音が広がっていった。
 
(続く)

《1Point》
ベンチマーキング

 ビジネスプロセスの改革や改善を進めるために、ある分野での最高水準の組織の活動をベストプラクティスとして調査分析します。
 
 その比較分析から自社のあるべき姿を設定し、目標の数値化を行い、継続的に進捗を評価しながら改善につなげるという考え方です。
 
 数値化した指標(目標)をベンチマークと呼び、この設定が重要となります。