居酒屋で経営知識

27.ファイブフォース分析

(前回まで:ポーターの競争戦略は、3つでした。コスト・リーダーシップ戦略、差別化戦略、集中戦略。)

 みやびの特製ちゃんこ鍋をつつきながら、差別化を考えていた。
 
「なあ、ジン。3つの競争戦略というのがあるのはわかったんだが、それにしても、コストか差別化かだけで考えるというのは、単純すぎないか」

 雄二が、鍋の底に残っていたつみれを見つけだしながら、つぶやくように質問してきた。
 
「うちみたいに小さい店が取る戦略が集中戦略だって言われても、それしか取りようがないのよねえ。その中で、差別化よねえ」

 由美ちゃんも不思議そうだ。
 
「ポーターの言いたいことは、何で戦っているのかを明確にしろということなのかもしれないね。その上で、どこまで安くするのか、とか、戦っている相手は誰なのか、がはっきりしないと具体的な戦術につながらないよね」

「ベンチャー企業をやろうとしたら、まず、差別化集中くらいしか考えつかないな。そのポーターとやらは、他にヒントは言っていないのか」

「戦略自体については、集中戦略を二つに分けても4つだと言っているんだが、もう一つ、自社の置かれている競争環境を分析することについて言っていることがある。競争と言っても、単純に同業者と戦っているわけではないと言うんだ」

「競争している相手が同業者以外にもいるっていることなの?」

「そうなんだ。外部環境分析に位置づけられるかもしれないけど、競争環境というものを作っているのは5つの競争要因に分けられるんだ」

「今度は5つか。覚えるのが増えたな。それにしても、同業者以外にも競争している相手が4者あるということなのか?だれだ」

「ポーターによると、次の5つの競争要因が競争のルールを作っているんだ。

(1)新規参入の脅威
(2)代替品の脅威
(3)買い手の交渉力
(4)売り手の交渉力
(5)競争業者間の敵対関係

の5つだ。これらの視点で環境分析する手法をファイブフォース分析と呼んでいる」

「ファイブフォースと言うことは、5つの脅威とでも訳すのかな」

「脅威とも言えるが、まあ、力関係程度でいいかもしれない。最初の二つは明らかに脅威と言っているけどね。(新規参入)や(代替品)については、現在の敵のことばかり考えていたのではいけないと言っているんだ。(5)の競争業者間については、当然分析はするだろう」

 雄二が、具のなくなった鍋を木製のお玉でかき回しながら聞いている。
 
「(1)新規参入者は、当然何らかの強みを武器に戦いを挑んでくるわけだから、それまでの暗黙の競争ルールが大幅に変わってくるかもしれない。サービスを積み上げることで競争していた理容業界に、本質的機能だけに削ぎ落として、時間とコストで参入したQBハウスなどは競争環境を大きく変えた例だね。

(2)代替品については、それまで当然と思っていた自分たちの製品やサービスとは違った分野や製品が市場を奪ってしまうことがある。技術の進化が新たな競争を生むこともあるよね。例えば、音楽を録音して再生するのは、昔ならテープだったのに、今ではハードディスクやメモリーカードがあたりまえになってしまった。
こんな例は、最近ではしょっちゅうだよね。

(3)と(4)は別の視点になる。

(3)の買い手の競争力というのは、簡単に言うと直接の顧客になるよね。小売店にとっては消費者だし、卸売にとっては小売店が買い手になる。特に、最近は買い手の力が強くなっているといわれる。例えば、パソコンなんかを買うときに、ネットで価格比較をして家電量販店へ出かけるから、量販店側の付けた値段に対する目が厳しくなっている。そして、パソコンを作っているメーカーにとっては、そんな家電量販店が買い手だから、より強力な値引き要請の圧力がかかることになると言うわけだ。

(4)の売り手の競争力とは、逆に上流側になる。例えば、メーカーにとって、非常に重要な部品などは提供する部品メーカーが限られていると価格や納期・量などの主導権を部品メーカー側に握られてしまうことがある。パソコンの例で言うと、OSの巨人マイクロソフトがいるし、CPUのインテルなどは、市場環境を握っていると言ってもいいよね。

そして、最後に一般的に同じ土俵の上で戦っている(5)競争業者間の関係がある。直接のライバルの数が多いとか、自社の位置がどの辺にあるのかが競争上の地位を決めることになり、戦略を規定してくることになるよね」

 雄二が意を決したように、おじやを頼んだ。
 
「5つの力関係を良く検討して何をしたらいいのかを考えなければいけないということだな。確かに、自分のライバルばかり考えて、どう戦うかを考えてしまうな。取引先や未知のライバルにも気を配っていくというのは、言葉では簡単だが気が抜けないなあ」

「そう言うことだ。経営というのは、一度分析して戦略を決定したからOKなどということはあり得ない。常に外に目を向けていなければいけない。その時、漠然と見るんではなく、きちんとした視点を持って、変化に気を配ることでしか革新的な戦略にはならない」

「楽して儲けるなんてあり得ない考えということか」

 おじやを作るために出汁を足してもらい、ご飯と卵が運ばれてきた。
 
「うちの店の場合でも、新規参入はしょっちゅうだし、食べたり飲んだり、そうねえ、夜の時間を過ごすものは何でも代替になるわよね」

「由美ちゃん、今の考え方はすごいよ」

「え?」

「代替の考え方だよ。居酒屋にとって代替となるのは、ファミレスとか、他の飲食店ばかりじゃないんだ。例えば、夜は居酒屋で飲むことが楽しみだった人たちが、家でやるパソコンゲームにはまってしまうと直接の脅威になるかもしれない。そう考えると、居酒屋へ来る時間や気持ちを奪うものはライバルになるよね。居酒屋へ行こうという魅力が必要だということになる」

「うわー。脅威だらけだわ」

「そうだね。だから、戦う戦場をきちんと決めておかないと戦略すら立てられなくなってしまうんだ」

 みんなが、うーむ、という顔をしている。それでも、鍋が煮立ち出すと手早くご飯を入れ、卵を入れるタイミングを計っている雄二は、確かにあらゆる方向をバランス良く見ているかもしれないな、などと考えていた。
 
(続く)

《1Point》
・ポーターの競争要因(ファイブフォース分析

 競争戦略とは市場の中で競争優位を獲得する方策ですが、自社を取り巻く環境をもれなく分析することが前提にあります。
 
 この時、競争環境を形成してる競争要因を5つに分類しているのが、ファイブフォース分析です。
 
(1)新規参入の脅威
(2)代替品の脅威
(3)買い手の交渉力
(4)売り手の交渉力
(5)競争業者間の敵対関係

 これらを分析して最重要要因は何か、と見つけ出し、これらの競争ルールをうまく利用した戦略を策定していくことになります。