居酒屋で経営知識
23.レーサビリティ
【主な登場人物】 ジン(北野):主人公 サラリーマンの傍ら経営コンサルタントをしている 黒沢:居酒屋みやびの大将 酒と和食へのこだわりが強み 由美:居酒屋みやびの元看板娘 黒沢の姪 雄二(鳶野):ジンの幼なじみ ジンの応援で起業した 亜海:居酒屋みやびの新しいアルバイト 原島:ジンの高校の大先輩。大企業の関連企業社長
「いらっしゃい」
「やっと涼しさを感じられるようになりましたね」
「9月になったんだから、こうでなくっちゃね」
いつものようにみやびの暖簾をくぐったのだ。
「はい、ジンさん。生ビールでーす」
「亜海ちゃん、サンキュー」
速攻の生ビール注ぎが板についてきている。
そうはいっても仕事帰りのノンベイ達の相手をしていると疲れるだろうに笑顔を絶やさないのも大したもんだ。
「大将、そういえば、すごいもの見つけたってメールしてきましたよね」
「そうそう。そうメールすれば、店に来てくれるかと思ってね、というのは冗談ですがね」
「ガクッて言葉に出しますよ。何なんですか」
「ははは。昨日は休みだったんで、久しぶりに牛肉でも食べようと思ってスーパーへ行ったんですよ。そこで、まあまあのレベルの国産牛を買ったんですが、そのパックシールに『確認問い合わせ番号』というのがあって、インターネットにつないで照会してみてくださいとあったんですよ」
「あ、トレーサビリティシステムですね」
「なあーんだ。ジンさん、知ってるんですか。残念だなあ」
「いいえ。想像しただけですよ。その番号で照会してみたんですか?」
「もちろんですよ。指定されたホームページで、番号を入れてボタンを押したら、生産の履歴とか、検査証とか、生産者の顔まででるんですよ。大したもんですよ」
「へえー。牛肉はBSEとか、狂牛病とか苦労してますからね」
「やっぱり、そういうことなんですね。大変だけど、何か親近感を感じましたよ。産地のホームページにも飛べて、その地域でのこだわりなんかも読んでしまいました」
「マスター、ジンさん、何の話をしてるの。生産者の顔とか言ってたけど」
「トレーサビリティと言ってね。肉なんかがどんな履歴で生産・流通したかがわかるようになっていたと言う話だよ」
「あ、あれかな。スーパーで、私が作りましたって、農家の人の顔写真と名前が貼ってあるわよね」
「うーん。たぶん、そうなんだろうね。一番単純なトレーサビリティかもしれないよ。細かいものになると、種はどこのものを使って、肥料は何、誰が収穫して、どこの運送業者がいつどこに運んだかまでわかるように出来るらしいよ」
「安心のためなのね」
「それが一番大きいけど、場合によっては、生産者の被害を最小限にすることにも繋がると言う話を聞いたことがあるよ」
「え?ジンさん、どういうことですか」
「例えば、特定の餌を与えられた食用肉から病気が発生した場合などに、他に感染ルートがなければ、その餌を食べた動物のみを処分すれば済むということです。そのために与えた餌についての、正確なデータがあれば処分の範囲を小さくすることが出来るということですね」
「ああ、そうよね。時々、ニワトリとか、ぶたなんかが、みんな殺処分にされるっていうニュースが流れるけど、それが最小限になればいいわよね。本当に、あれは残酷だもの」
「亜海ちゃんの言うとおりだね。また、トレーサビリティって、食物だけじゃなく、家電製品とか、ほら、最近、宅配便でも、どこどこの集配所を出発しましたなんてわかるようになっているだろう。あれも、トレーサビリティ・システムなんだよ」
「あ、そうかあ。あんまり気にしないけど、Amazonで買ったものの連絡なんかに、宅配便の問い合わせ番号ってあったわ」
「それのことだよ。要は、追跡できるように要所要所でデータを連係しているんだね」
「ジンさん。そう考えるとすごい時代になりましたね。個人の行動履歴なんかもトレースできるようになるような気がしてきました」
「それも、技術的にはいろいろな形でありますよね。スマホで写真を撮って、SNSにうっかりアップすると、いつ・どこで撮ったのかバレバレですからね」
「え?ジンさん、ほんと?」
「亜海ちゃん、知らなかったの?今のスマホなどの写真は、GPSから場所のデータを勝手に入れてしまうんだよ。そのままだと、そのデータを読み取れるソフトで簡単にわかるんだ。個人で使うには便利だけど、自宅で撮った写真から、自宅の住所がみんなにわかってしまうなんてことで騒ぎになったこともあるんだよ」
「ドキッ。ちょっと気をつけなきゃ」
「その辺は由美ちゃんが詳しいから、聞いてみるといいよ」
「すぐそうします。聞いておいて良かったわ」
結構、知らずに使っている人がいるんだ。デフォルトで切っておくようにすべきだよな。
(続く)
《1Point》
・トレーサビリティ
追跡可能性などと略されるが、一般的には、モノの流通経路を生産段階から消費段階や廃棄段階まで追跡が可能な状態をいう。
最近はICタグなどを利用して複雑なルートでも追跡可能にする研究も行われている。
→(24)暗黙知とマニュアル化