居酒屋で経営知識

(89):シアーズ物語

【主な登場人物】 
ジン(北野):主人公 サラリーマンの傍ら経営コンサルタントをしている 
黒沢:居酒屋みやびの大将 酒と和食へのこだわりが強み 
由美:居酒屋みやびの元看板娘 黒沢の姪 
雄二(鳶野):ジンの幼なじみ ジンの応援で起業した 
亜海:居酒屋みやびの新しいアルバイト 
原島:ジンの高校の大先輩。大企業の関連企業社長 

「へい、いらっしゃい。亜海、ジンさんとうちゃーく」

「はーい」

「ジンさん。どうぞ、いつもの席が空いてますよ」

 いつも、カウンターの一端に席を空けてくれているのが、申し訳ない。

「はい。ジンさん、生ビールでーす」

「亜海ちゃん、ありがとう。今日1日に乾杯」

「ジンさん、お疲れ様でした」

 まだまだ、1月だと言いたげな松前漬けがお通しとして出てきたので、それを肴に生ビールを飲み干す。

「亜海ちゃん、キクマサの樽を52度にしてくれる?」

「はーい。今、燗付けしまーす」

 チロリに一升瓶から酒を注ぎ、燗用の湯につけるのも手際がいい。免許皆伝というところかなあ。

「ジンさん。今日の新聞に老舗会社の倒産の話が載っていたけど、どうしてあんなことになるんだろうね。みんなが知っている有名会社だし、今でも倒産するような会社に思えないよね」

 大森さんが身につまされた表情で隣にやってきた。

「そうでしたね。大規模小売店として成功してきたはずですが、やっぱり、古い企業スタイルから脱することができなかったという評価でしたね」

「一つの時代の販売スタイルを確立しても、いつまでも同じことをしていると時代に取り残されるというのも辛いなあ。企業は常に休めないってことなんですかね」

「それって、シアーズ物語の話ですか?」

「え?亜海ちゃん?あ、そうか。現代の経営を読んでるんだね」

「もちろんです。今、その話をしてるんじゃないんですか」

「いやいや、今日の新聞の話をジンさんに聞いてたんだけど、同じような話を、ドラッカーが書いてるのかい?」

「考えてみればそうだね。シアーズも独自の市場としてまずは農民に着目し、カタログによる通信販売というダイレクト・マーケティングを展開して大成功を収めた。しかし、その成功に満足せず、その後、農民層の中流化が進むにつれ、自動車を持つ農民と都市人口を同質的な市場と分析して、通信販売事業から店舗事業へ転換していったんだね」

「でも、ドラッカーはこうも書いているわ。

『同社の企業イメージは依然として農家の友なる考えを中心に展開されている』(P39)

これは、顧客が変わっているのに、成功体験を引きずっているということじゃないかしら」

「なるほど。そう考えると、さっきの大森さんとの話と同じかもしれないね。シアーズは、この郊外型のショッピングセンターでも成功を収めたと言われるけど、今は聞かないよね。今、アメリカで成功している小売業者といえばウォルマートだけど、実は、ウォルマートの『エブリデー・ロープライゼズ戦略』は、シアーズが始めて、1980年代まで全米第1位の小売業者として君臨したんだ」

「でも、それも続かず、同じ戦略をとったウォルマートが1位となっている理由は、その成功体験にあるというのかい?」

「大森さん。そう簡単な話ではないと思いますが、一つの評価としては、巨大化した組織の硬直化、そして、官僚主義とも言われる保守的な経営で顧客に飽きられてしまったと言われています」

「だから、私もシアーズ物語はしっくりこなかったのかもしれないわ」

「え、どんな風に?」

「結局、シアーズ物語って、成功事例かと思って読んでたけど、最後には、課題を提示しているわよね。

『言い換えるならば、シアーズは再び、自らの事業は何か、市場はどこにあるのか、どのようなイノベーションが必要かについて、徹底的に深く考える必要に迫られている』(P41)」

「これは、事業というのは終わりがないということだよね。常に、変化することを求められているから、多くの人が必要なんだ。それは、一人の人間の限界を超えるためにも、決定する人を変える必要をも言っているのかもしれない。過去に縛られないためにもにもね」

「ドラッカーの課題に対処したのかどうかわからないけど、結果的には、変わりきれずに、自分たちの戦略をより効果的に使ったウォルマートに取って代わられたってことなのね」

 理屈で考えようと思っても、実際の事業はまさに生き物であって、だからこそ、多くのマネジメントされた知識が必要となってくるのかもしれない。

「ジンさん。難しい話に巻き込んでしまったけど、居酒屋から世界を変える人が出てくるかもしれない。そのために、毎晩乾杯するんだ、ということで熱燗飲むだろ?」

「もちろんですよ。亜海ちゃん、ぐい呑一つよろしく」

(続く)


《1Point》

 ドラッカー名著集2「現代の経営(上)」上田惇生訳 ダイヤモンド社を読み直しながら、進めています。
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 シアーズ物語は、次の章の「事業とは何か」に繋がる事例として出されているのだと思います。

 市場を正しく分析し、自らイノベーションを起こして成功した企業として、また、それゆえに、変化した市場を正しく分析していても過去の成功体験に引きずられ、変化しきれなかった企業として取り上げたのです。

 この時は、まだ、変化に苦しんでいた時期だったようで、その後の凋落は描かれていませんね。最近では、小売業ではダイエーという老舗のブランドが消えるという事例を思い浮かべた人もいるとは思います。

 では、事業とはどう捉え、どうやって継続していけばいいのでしょうか。そのヒントは次回から続きます。