居酒屋で経営知識

115.(1)ミッションは何か?

【主な登場人物】
ジン(北野):主人公 サラリーマンの傍ら経営コンサルタントをしている
黒沢:居酒屋みやびの大将 酒と和食へのこだわりが強み
由美:居酒屋みやびの元 看板娘 黒沢の姪
雄二(鳶野):ジンの幼なじみ ジンの応援で起業を目指している
大森:みやびの常連 地元商店街の役員
近藤:みやびの常連 建設会社顧問
亜海:居酒屋みやびの新しいアルバイト
原島:ジンの高校の大先輩。新社長としてジンにアドバイスを求めている。

(前回まで:偶然、高校の先輩原島に出会ったジンは、経営についての相談を受けることになった。)

 仕事を終えるとバー「Y」へ向かった。久しぶりだった。
 
 繁華街の外れではあるが、多くの飲食店がひしめく界隈に建つビルの最上階が「Y」だ。
 
 4人で満員となりそうな古いエレベーターが到着すると、そのフロアに一軒だけの入り口の前に立つことになる。扉を押すとかすかにジャズのナンバーが流れている。
 
 そんな店だ。
 
 バーテンダーの悠木さんは、静かにグラスを磨いていたが、そっと上げた視線の先、カウンターの奥に原島先輩は座っていた。
 
「ヱビスを」と声をかけてギネスをなめている原島先輩の隣に腰をかけた。

「遅くなってしまいました」

「いやいや、自分が早すぎただけだよ。すまんな、忙しいのに」
「取引先も夏休みを取る時期ですので、割と暇なんですよ」

 細身のグラスに注がれたヱビスを目の高さに上げて乾杯をした。
 しばらく近況報告のような話が続いたが、グラスも3杯目となる頃に原島先輩が改まったように口を開いた。
 
「木村からお前の話を聞いていて一度ゆっくり話を聞きたいと思っていたんだ」

「あいつの解釈でですが、ある程度のところは聞きました。今度社長になる会社についての話だと思っていいですね」

「そうか。もちろんこれからの話だ。ただ、100%子会社でもあって体質はほとんど一緒だから、基本的なコンプライアンスについても心配しているんだ。ま、それ以上に、親会社から見捨てられたと感じながら働いている社員が多いという根本の問題もある」

「ちょっと調べてみました。売り上げの6割くらいが親会社の福利厚生を通していて、外販が4割くらいですね」

「そうだな。外販とは言っても、昔、親会社が手がけていた仕事のメンテナンスで、日常的に赤字になっている部門を仕事ごと持ってきたというものだ」

「原島さんは、この会社をどうしたいんですか」

 言うべきかどうか迷っていたが、思わず口に出してしまった。
 原島先輩は、その瞬間、泳いでいた視線が止まり、静かにこちらに向き直った。

「俺は、親会社から切り捨てられた人間だと思っていた。それは、確かにそうなんだろう。でもな、今度の会社にはそう感じている奴らばっかりがいるんだ。話をすればするほど、はっきりと口には出さないが、恨みや諦め、無力感が漂っている。それを見ていて悟った。俺は、この会社を明るくしたい。みんなで楽しく戦える会社にしたいってな。それが俺に与えられた使命なんだって考えたら、逆に、経営の素人である自分に対して、不安になってしまったんだ。自分には、会社を変えられる可能性があるんだ。同じように、この会社を潰してしまうことだって可能なんだってな。何をしたら、自分の使命を果たせるんだろう」

「何をしたら、自分の使命を果たせるんだろう」という言葉をつぶやいた時、原島さんの目は輝いていた。昔の先輩が見えた気がした。

「原島さん。我々後輩は、原島さんの伝説を聞いて高校時代を過ごしてきました。進学校で、ラグビー経験者すらいないし、3年になると受験勉強のために辞めてしまうチームを常勝校にしてしまったのは原島さんの情熱だったんですよね。伝説のキャプテンと勝てるチームを作れたら最高です」

「北野・・・そうか。そうだった。すっかり忘れていた。もしかすると同じかもしれない。だから、俺の使命だって感じたんだ」

 別人だ。あの頃の怖い先輩に戻っていることにドキドキした。

「原島さん。私を頼ってきてくれたので、経営という視点だけは私に任せてくださいますか。難しい理論を言う訳じゃないので、馬鹿にせずついてきてほしいんです」

「もちろんだ。そのつもりで連絡したんだ。正直言うと、藁をも掴む気分だったんだがな。来週から引き継ぎが始まる。何を考えて対応すればいいか教えてほしい」

「原島さんの使命は『明るく、楽しく戦える会社』にしたいって言うことでしたよね。それでいいと思います。それは、原島さん個人のミッションだと思います。引き継ぎで考え抜いてほしいのは、

『われわれのミッションは何か?』

です」

「われわれのミッションは何か?というのは、会社の理念のことを言ってるんだよな。ミッションステートメントというのをつくっていたはずだ」

「そうです。ただ、今あるミッションステートメントをそのまま聞くんじゃなく、新しく創るつもりで考えてください。われわれの会社の存在理由は何なのか、とすべての事業について考えてください。そして、『何の会社であると社会から憶えられたいのか』を言葉にしてください。それがすべてのスタートになると思います」

 
(続く)

「我々のミッションは何か?」
 
 ドラッカーの5つの質問の一つです。そして、すべてのスタートです。
 
 我々のミッションは何か、というのは、今どう理解しているかということとこれからどうすべきなのかという2つに分かれているかもしれません。
 
 何をもって憶えられたいか?という問いによって、一つにしてください。その答えが存在理由としてのミッションになるはずです。