73.学習する組織
【主な登場人物】
ジン(北野):主人公 サラリーマンの傍ら経営コンサルタントをしている
黒沢:居酒屋みやびの大将 酒と和食へのこだわりが強み
由美:居酒屋みやびの看板娘 黒沢の姪
雄二(鳶野):ジンの幼なじみ ジンの応援で起業を目指している
大森:みやびの常連 地元商店街の役員
近藤:みやびの常連 建設会社顧問
(前回まで:ベストプラクティスとなる企業を探し出し、その企業を調査することで、自社のプロセス改善につなげるというベンチマークを学びました)
みやびがちゃんこ鍋を始めたことは、あっという間に広がったらしく、今週にはいると見知った顔が鍋に食らいついている姿ばかり目にするようだ。
「大将、大盛況ですね」
「おかげさまで。昨日は、閉店前に出汁が無くなってしまって、遅く来たお客さんに失礼してしまいました」
生ビールから菊正宗の樽酒にかえて、鍋の湯気を眺めていた。
「いらっしゃい。近藤さん、毎度」
お待ちかねの鍋仲間がやってきた。
「近藤さん、お待ちしてました」
「やあ、ジンさん。久しぶりですねえ」
「やっと、鍋を一緒に頼める相手が来てくれてホッとしています」
「ジンさんだったら、若いんだから一人で充分食べられるんじゃないですか。私らはそれこそ誰かを待つことになりますがね」
「やっぱり一人前だと寂しいですからね。味もその方がいいような気がします」
いつも最初から日本酒にする近藤さんと盃を交わした。
「そう言えば、ジンさんの教え子達がまたいろいろな活動を始めたみたいですよ。社内での研修の内容を社長が事前に知っておきたいというので、私も呼ばれましてね。この歳になると頭を使うのが厳しくなって、ついていくのがやっとでしたよ」
近藤さんの会社とは、コンプライアンスの指導をしたきっかけで、若手の企画チームメンバーと勉強会などをする付き合いになっているのだ。
「そう言えば、彼らともしばらく会ってませんが、どんな研修を企画しているんですか」
「管理する組織から学習する組織へ、というテーマだったな」
徳利のおかわりを持ってきた由美ちゃんが耳をダンボにしていたようだ。
「管理する組織はわかるけど、学習する組織って不思議な言葉ね」
「そうだね。『学習する組織』というのは、組織論でも割と新しい理論になるんだ。トップダウンで管理する組織の限界から出てきた理論だと思うね」
「総論としては私にもわかる気がするね。役所に長いこといると自分の役割というのが既に固まっていて、ある期間その席に座って、決まった範囲の仕事しかしなくなってしまう。個人の思いやビジョンと組織の方針が合わなくても、結局はトップダウンで動くしかないんですよ。学習する組織なんて概念は生まれないかもしれないですね」
「うーん。ジンさん、学習する組織ってどんな組織を言うの」
「センゲという人が体系化したと言われるんだけど、近藤さんの言う官僚型組織は枠が決められたピラミッド型と言われる管理する組織の典型だよね。ただ、企業は、環境が激変する中で競争しながら生き残らなければいけないので自分の作った枠のまま押し通すことは難しい。常に自己変革型にならないと置いて行かれてしまうよ、というのが考え方の前提なんだ」
「組織が自己変革するために学習するということ?」
「そうだなあ。組織が学習するというのは、単に知識を習得すると言うことではなくて、思考や行動のパターンを変えていくということなんだ。つまり、外部環境の変化を認識して、組織全体が変わっていくことが自由にできるような組織だと言えるだろうね」
「そうか。組織って、どちらかというと自分たちのやり方を守るっていうイメージが強いわよね。それを変えていくというのね。でも、考え方はわかるけど、どうやって変えるの」
「近藤さん。研修では何か5つくらいの要素を言ってませんでしたか?」
「チーム学習とか、そう言えば、5つの何とかって言っていたよ」
「たぶん、5つのディシプリンとか、構成技術とか言ったんじゃないでしょうか」
「そうそう。ディシプリンだった」
「これも、センゲが言ったことなんだけど、組織が変化への自己対応能力を備えるには5つの構成技術と言われる要素を獲得することが必要だという考え方なんだ。言葉が若干わかりづらいんだけど、せっかくだから、近藤さんの復習も兼ねて並べてみるね。
(1)システム思考
(2)自己マスタリー:自己実現・自己研鑽と意訳することもある
(3)メンタルモデルの克服
(4)共有ビジョンの構築
(5)チーム学習
これらのディシプリンを同時に獲得することが重要だと言っている」
「共有ビジョンとチーム学習というのは何となくわかるけど、後はサッパリね」
「一番の基本はシステム思考だと言っているね。簡単に言うと、個々の問題に囚われず、全体として考えるということが重要だと言うことなんだ。これはだいたいわかるよね。
次に、自己マスタリーというのは、メンバーとなる個々人が自己を高める意欲を持つと言うこと、そして行動するということだ。
3つ目のメンタルモデルというのは、まず、打破する対象としての凝り固まったものの考え方をいうんだ。モデルは必要だけど、常に変わることの障害とならないようにしなければいけないということになる。
4つ目の共有ビジョンとは、まさしく、組織のビジョンを共有し、更に、個人のビジョンとの整合性を取ることも重要だと言っている。
最後は、チーム学習だ。個々人が学習するだけではなく、チームとして議論を戦わせることでより優れた解決方法を見つけることができることはわかるね。それに加えて、チーム全体を1つにまとめていく効果も生むことができる。
全部を一言で言うと、メンバーがビジョンを共有しながら、学習と行動を自発的に繰り返すことで、全体の能力が継続して高まっていく組織ということだ」
「なるほど。ジンさんのおかげで復習ができた。これが、役所でもできれば随分変われるんだけど、問題は、組織ビジョンが形だけというところだろうね」
「近藤さんの今の会社は、学習し続けようとする若い企画チームがいますから、会社全体にいい影響が出そうですね」
「そうだね。私も彼らに元気づけられるよ。ジンさんを師匠と仰いでいるしね」
「私なんて何もしなくても、彼らが自ら学習しているんですよ」
「そっか。スポーツのチームなら、いつもやっていることかもしれないわね。同じことばっかりやっていると絶対に勝てなくなるわ」
「そうだね。スポーツの世界の方が、どんどん進んでいるかもしれない。ビジョンの共有が明確だとチームは強くなると言う実例かもしれないね」
(続く)
《1Point》
・学習する組織
アージリスが提唱し、ピーター・センゲが体系化したと言われています。
センゲは5つのDiscipline(構成技術)を挙げ、これらを獲得することにより、変化への対応能力を備えることができると考えたのです。
(1)システム思考:個々の事象に囚われず、全体像と相互の関係や動きを捉える。
(2)自己マスタリー(自己実現と自己研鑽):自らが自分のビジョンや欲求の実現に向け行動する。
(3)メンタルモデルの克服:固定観念や暗黙の前提を認識し、場合によってはそれを打破する取り組みを行う。
(4)共有ビジョンの構築:個人のビジョンと組織のビジョンを切り離さず、メンバーが本当に望む将来像を構築する。
(5)チーム学習:チームとして学習していくことにより、複雑な問題を探求し、優れた解決法を発見する。
(続く)
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