53.利益とは?
(前回まで:若干古典的な原理となりましたが「組織編成の4つの基本原理」を説明しました。組織構造を見るときの視点として使うといいと思います)
「もうそろそろ梅雨の時期ですね」
定番化している菊正宗の樽酒を手酌で注ぎながら大将に話しかけた。
「早いもんですねえ。我々の商売は毎日同じことの繰り返しですから、ふと気づくと歳をとっていたことに気づいて慌てますよ」
「ええ?大将は若いですよ。同じことって言ったって、新しい肴に挑戦したり、名も知れないうまい酒を探し出して来るじゃないですか」
隣でカツオのカマ焼きに取り組んでいた雄二も頷いている。
「ジンの言うとおり。大将は肌はつやつや、髪はフサフサだからねえ」
「まあ、肌は日本酒のせいですかね。悩みがないから髪も安泰なんだって言われますよ」
「私も日本酒党になろうかな。でも、おじさんにも悩みはあるみたいよね。毎月電卓叩きながら唸っているものね」
「こら、由美ッペ。お客さんの前で話す話じゃないけど、これでも売上に悩む経営者なんだ。ねえ、ジンさん」
「由美ちゃんの給料も出さなくちゃいけないんですからね。でも、大将は利益追求型じゃないですよね」
「まあ、2人が食べていければいいですからね」
「オイオイ、利益追求型の俺の前で当てつけみたいに言わないでほしいなあ。経営者が利益を追求しないわけが無いじゃないか」
雄二が呆れたように口を挟んできた。
「雄二。でも、経営にとって利益がそんなに重要だと思うか?」
「おいおい、人を試そうッたってダメだぞ。お前の言いたいことはわかってるさ。経営にとっては、経営の目的を追究することが重要で、利益は結果指標だって言いたいんだろう」
「わかってるじゃないか。まあ、そう言っても、現実の経営では売上追求型か、利益追求型かという点も戦略としてはあるから無視はできないからな」
大将も洗い物の手を止めて話に乗ってきた。
「私にとって利益というのは、うまい酒を造り出す酒蔵を探し出したり、酒に合う旬のうまいものを仕入れるための原資だと思ってますよ。月末に資金が残っていないと心のこもった日本酒を旬の肴で味わって貰うことができなくなってしまいますからね」
「ピーター・ドラッカーが同じようなことを言ってますよ。利益とは生産拡大のための原資であるとか、リスクに対する保険料であるという言葉でした。つまり、それが目的ではないと言うことでしょうね。大将の言うように、うまい酒と肴を出し続けるという目的のための手段というわけです」
「ところで、戦略的な売上追求型と利益追求型という話はどうなったんだ」
「単純な話にしてしまうと、売上追求型なら積極的な販売戦略となるけど、利益追求型となるとコスト削減やリスク回避を目指すために消極的な戦略になるという一般論だ。最近、景気の影響かリスク回避論ばかり聞かれるんで気になっているんだ」
「みやびは利益を極限まで投資しているという意味では売上追求型戦略を取っているということかな。赤字になるリスクはあまり考えてないようだし」
「そうねえ。おじさんはコスト削減は考えてないわね。惚れ込んだ酒蔵からは値切らず仕入れるし、かといって売値を上げないんだから」
「おかげで常連や若いサラリーマン達がおいしいものを1週間に何度も味わえるんだよね。リピーターが増えるから次への投資の原資が残ると言えるんだ」
みんなが頷いている。
「前にも話したかもしれないけど、リスクの語源を覚えている?アラビア語では、今日の糧を稼ぐという意味だそうだ。イタリア語では勇気を持って試みる、と言うらしい。どちらにしても、実は回避すべきものではなく、取り組むべきものだというのがわかるよね。つまり、リスクは回避するものではない」
「リスクというと逃げる経営者が多いという話か。元々、経営者を目指すと言うことはリスクに挑戦する人を目指すはずだがな」
日本酒の居酒屋で経営の本質を語り合えるとは思っていなかった。
(続く)
《1Point》
今回は観念的な内容となってしまいました。
しかし、実質的に企業の問題点を見るときに、売上に問題があるのか、利益なのかは対策を練るときには重要です。
短期的な改善策として、積極策を出すか、コスト削減からスタートするかの違いとなります。
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