32.キャッシュフロー計算書
(前回まで:大晦日特別編集版では、これまでの登場人物に一言ずつ挨拶をしてもらいました。新年は新たな展開の予感が・・)
例年通り、新年の挨拶回りで大忙しの営業部だが、昨年の事件を引きずっているところもあり、全社的には地味な年の初めとなっている。
「山野さん、お疲れ様。報告書もこれでOKなんだけど、この井本工業のチェックマークは何?」
「あ、それは良くわからない言葉があったのでつけておいたんです。井本工業さんの常務に挨拶しているとき、黒字なのにキャッシュフローがマイナスだという会話があったんです。黒字だったら利益がプラスですから、キャッシュだってプラスのはずですよね」
「なるほどね。そう言う誤解は多いかもしれないね」
山野綾を隣の空いた席に座らせて説明することにした。
「財務諸表というのはわかるよね」
「ええ。損益計算書とかバランスシートなんかですよね。決算書で見たことがあります」
「そう。その損益計算書で最後に出ているのが一般的に言う『利益』だね。ところが、この計算書の売上には、まだ入金していない売掛金も含まれているんだ。経理から決算後に入金が遅れていると売掛金滞留調査をうるさく言ってくるだろう」
「なるほど。売上として上がっているけど入金していない取引が多いと、当然使える現金や預金が無くなるわけですね」
「逆に、仕入れ代金もその場で支払うわけではないので、買掛金として仕入原価として計上されても、まだ支払っていない場合は、キャッシュは計算よりも多く残っていることになる」
真剣な眼差しで自分のものとしようという姿勢がこの子の強みだ。
「他にも、棚卸資産や減価償却費など、実際のキャッシュの動きと連動しないものがたくさんあって、うっかりすると計算上は大幅な黒字なのに、支払のための資金(キャッシュ)が足りなくなるということが起こりえるんだ。黒字倒産というのは、現実に起こっている」
「そう言うことなのね。キャッシュフローを常に黒字にしなければいけないのね」
「うーん、それも少し違うかな。井本工業の常務の言っているキャッシュフローがマイナスというのは、『営業キャッシュフローがマイナス』か『フリーキャッシュフローがマイナス』のどちらかだと思うよ」
「ええー?キャッシュフローって何種類もあるんですか」
「それじゃ、キャッシュフロー計算書について説明するね。キャッシュフローを表すキャッシュフロー計算書は3つに区分されている。
1)営業活動によるキャッシュフロー(営業キャッシュフロー)
2)設備投資によるキャッシュフロー(投資キャッシュフロー)
3)財務活動によるキャッシュフロー(財務キャッシュフロー)
の3つだ」
山野綾が手帳にメモを取りだしたのを見て、説明にも力が入る。
「まず、営業キャッシュフローが会社の本業の営業活動でのキャッシュフローの増減を示してくれる。会社の運営にとっては、これを増やすことが最重要課題となるわけだ・・・」
「次に、投資キャッシュフローは将来のための設備投資などでのキャッシュフローを示しているんだ。通常は、投資なのでマイナスになるということはわかるよね。これをしなければ、会社の発展は望めないからね。ただ、設備や株式を売却したときにはプラスになることもある。一般的には、営業キャッシュフローと投資キャッシュフローを合計したものをフリーキャッシュフローと言い、これをプラスにしながら経営していくことが重要であるという考え方がある・・・」
「最後に、財務キャッシュフローになるが、これは、借入と返済のバランスを示すといえるだろう。例えば、返済をするならフリーキャッシュフローの範囲で行うようにすれば、手元資金が減る心配は無くなるというように見ていくんだ」
「営業キャッシュフローは本業でのキャッシュの流れ、投資キャッシュフローは将来への投資行動のキャッシュの流れ、財務キャッシュフローは借入と返済のキャッシュの流れ、ということですね」
「そうだね。営業と投資によるフリーキャッシュフローを見ながら、借入をコントロールしていくのが重要な経営管理活動と言えるだろうね」
気づくと同じ課のメンバーは2人だけになっていた。
「山野さん、これから例の居酒屋へ行くつもりなんだけど付き合わない?」
「いいんですか。うれしい。あそこのお鍋、最高でしたからね。ぜひ、お願いします」
図らずも今年初めてのみやびへは女性同伴となってしまった。
(続く)
《1Point》
・キャッシュフロー計算書
貸借対照表(バランスシート)、損益計算書や株主資本等変動計算書と共に財務諸表の一つ。つまり、決算期に合わせて作成されますが、貸借対照表と損益計算書があれば作成は可能です。作成方法については、次回以降で説明します。
また、第31号(「居酒屋みやび」の30回)で、資金繰り表について説明しています。考え方は似ていますが、資金繰り表の方が実務上は細かく資金管理を行うことができます。
キャッシュフロー計算書は株主への報告書と理解しておけばいいでしょう。
・フリーキャッシュフロー
一般的には、本文で説明したように営業キャッシュフローと投資キャッシュフローの合算として見ることが多いですが、必ずしも定義は一定していないようです。
診断士の試験対策でも以下のような式を説明している参考書もありますが、定義が一定していないものですから、簡単に考えておいた方がいいと思います。
(参考)
FCF=NOPAT+償却費-設備投資-増加運転資本
:FCF(フリーキャッシュフロー)
:NOPAT=EBIT[経常利益-受取利息+支払利息]x(1-実効税率)
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