18.公正取引委員会
(前回まで:鳶野雄二の独立へ向けたビジネスプランは一通りのステップを完了し、後は、具体的な関係者との調整を行い、事業計画書としてのビジネスプランの文書化を行うことになりました。ビジネスプランの流れの概観としては完了しました)
その後、定期的に雄二からの問い合わせがあり、システム開発担当者や印刷組合との打合せにも同席した。
一気に進み出した。
今朝は、いつになく社内が騒がしかった。
「山野さん、管理部が随分騒がしいみたいだけど何かあったの」
営業部の部下である山野綾に声をかけた。
「公正取引委員会が調査に来ているらしいんです。3階の官需営業課が対象なので、今のところ、担当課長と管理部長が対応しているみたいです」
「うちに入るなんて・・・コンプライアンスの徹底は他社より早いくらいだと思っていたのに」
「詳しい情報が入ったら報告しますね」
「頼んだ」
数年前から、カルテルや入札談合がマスコミを賑わし、コンプライアンス経営が叫ばれていた。我が社もご多分に漏れず、全社を挙げて、コンプライアンス研修を行ったり、コンプライアンス調査室を設置したりした。
官需営業課には、同期の営業担当も居るので心配だが、電話を入れるわけにもいかず、山野綾の報告を待つしかなかった。
しばらくして、営業担当の役員より、担当建設会社の状況を確認するように直接電話があった。
とりあえず、自分の担当範囲に建設会社関係は無いため、課内に伝達をして事務処理に戻るしかなかった。
昼過ぎになって、やっと山野綾から情報が入った。
「3年前くらいの官庁入札について調べているみたいですね。担当課長や担当者の机やパソコンまで見られているようです」
入札談合事件が随分脚光を浴びていた頃、同期と飲んで話をしたことがある。昔からある程度の相見積もりの協力や受注する気のない入札については、他社からお願いされれば協力をするのが習慣になっていたと言うような話だった。
それも、2年前くらいからは対応しないことを営業部内で明確にしているはずなので、今更という気がする。
民間相手でも、同業者は競争相手でもあり、ある程度の協力をし合う仲間でもあった。研修では、民間でも問題となる例が出され、知らず知らずのうちに危ない橋を渡っていることに驚いた記憶がある。
定時後、調査は終わったようだが、まだ、帰っていないと言うことで、同期に確認することは諦めて、帰ることにした。
「いらっしゃい。ジンさん、今日はいいサンマが入りましたよ」
「大将、それ予約。日本酒に合わせて塩焼きにするから」
いつものカウンターに収まる。
近藤さんが静かに盃を挙げた。
「こんばんは。近藤さん、今日は随分早いんですね」
そう言えば、と思いだした。
「まだ、大森さんもまだのようですけど、隣に行ってもいいですか」
近藤さんがにっこり頷いたので、生ビールを持ってこようとする由美ちゃんに合図して席を移った。
「まずは、乾杯」
一口飲んで、さっそく聞いてみた。
「近藤さん、実はうちの会社に公正取引委員会の調査が入ったんです。何社か建設会社にも行ったらしいんですが、近藤さんの会社は大丈夫だったんですか」
「え?北野さんの会社は建設系じゃないと思ってましたが。そうか、今回は設備関係なんだ。それでわかった」
近藤さんはやっと判ったと言うように何度も頷いた。
「設備関係?というと、直接建設会社を狙ったわけじゃないんですか」
「そうみたいだね。うちの会社には来ていない。ただ、前にも言ったように、私は官庁出身なのでね。民間に再就職した昔の仲間から情報が入ってくるんですよ」
「そうでしたか。でも、3年くらい前の資料を要求しているみたいでしたよ」
「各社共、最近はコンプライアンスにうるさくなっているからね。どこかの会社がリーニエンシー制度を利用して昔のことを申告したんだろう」
「なるほど。でも、各社とも襟を正した後に、昔をほじくり返されたんじゃ、たまったものじゃないですね」
「それで、うちの若社長も気が気じゃないんだ。北野さんにお願いした診断の件も、若社長に話したら是非一度違った目で見て欲しいと乗り気なんですがね。こんな時期ですが、考えてもらえますか」
「ええ、私で良ければ。先日連絡を貰ったときは、例の雄二の独立対応に急かされていたんで失礼しました」
「よかった。あなたの会社も大変でしょうから、良さそうな日を何日か教えていただければ、調整します。明日・明後日にでも連絡いただけますか」
「判りました。今日の調査の関連もあるかもしれませんので、明日確認して連絡します」
巡り合わせというのか、元々、コンプライアンスの話からお願いされていた企業診断の話が、自分の会社も当事者になってしまっている。
(続く)
《1Point》
・リーニエンシー(制度)
なんじゃ?と思われた方もいるかもしれません。経営用語とは言えませんね。
2006年の独占禁止法の改正で脚光を浴びた制度でした。
簡単に言うと、談合やカルテルを自らやっていた企業が、自己申告すると課徴金を免除される制度です。
早い者勝ちで3社までが減免されるので、公正取引委員会も公正さ?を保つため、自己申告はFAXのみの受付としました。つまり、FAXの受信記録で早いものを証明できると言うことです。
元々は、司法取引が定着している米国のリーニエンシープログラムが原型だそうです。
何とも不思議な制度だと感じました。
公正取引委員会の調査が入ったら、各社競い合って事実を列挙してFAXを入れていると聞いたことがあります。うまく3社以内に入れば、課徴金が免除されるため、直接のダメージをなくせます。
逆に言えば、同業者をまとめて談合を行い、十分利益を稼いだら、さっさと自己申告して、その事業から撤退してしまう等という戦略論が裏世界ではささやかれている・・・なんてことはないと思いますが(^_^;)
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