9.クロスSWOT分析
(前回まで:日曜日に雄二の宿題を見ることになり、喫茶店で確認しました。切り分けが明確にできていないため、市場の細分化「セグメンテーション」の基準に従って、再度見直すことにしました。
復習します→
・デモグラフィック変数(人口動態的基準)
・ジオグラフィック変数(地理的基準)
・サイコグラフィック変数(心理的基準)
・アクティビティ変数(行動変数的基準)
でしたね)
日曜日、雄二と別れてからは、居酒屋みやびのSWOTをどう展開するかを考えてすごしたのだった。
月曜日になった。
いつものように会社のバタバタが落ち着いたのが夕方5時頃だった。
5時過ぎから営業チームでの簡単なミーティングを行い、今週のスケジュールを調整して週初めの1日が終わった。
が、俺にとっては始まりのようなものだ。
「いらっしゃい。あ、ジンさん毎度」
縄のれんをくぐると大将のダミ声が歓迎してくれた。
すかさず、奥から由美ちゃんの声。
「御予約さん、ごあんなーい。いつものカウンターだけど、テーブルにします?」
「落ち着かないから、カウンターでいいよ」
カウンターの奥側から、「よっ」と大森さんと近藤さんが手を挙げた。軽く頭を下げて、いつもの入り口側のカウンターに腰を下ろした。
一呼吸おいて、由美ちゃんがお通しと生ビールを持ってきた。
「はい。エビスの生と本日の野菜の煮物、ね。ナスがおいしいって」
「いつもながらうまそうだ。頂きまーす」
大将に向け、軽くジョッキを掲げてから、グッとビールを流し込む。やっぱり、夏になってくるとうまさが際立つ。
テーブル席に二組の客が入っていた。みんな、ビールかチュウハイを飲んでいるようだった。夏だね。
「ジンさん、マグロの赤身切りましょうか。どうも、燃料高騰のせいで品薄になりそうだから、食べるんだったら今のうちですよ」
「そりゃ、お願いします。ここまで来ると食生活も変わってしまいそうですね」
「これから値上げになるんでしょうけど、ますます、外で飲まなくなって『脅威』が増えてしまいますよ」
「大将も考えてますね、SWOT」
「ははは、由美ッペに随分尻を叩かれましたよ」
由美ちゃんが自分の名前に反応してきた。
「おじさんったら、勝手なことばっかり言ってるからぜんぜんまとまらなかったんだから。ジンさんがあれほどみんなでって言ったのに。でも、さっき、大森さんや近藤さんにも少し聞いたから、こんなものかな。ジンさん、見てくれる」
さっそく、カレンダーの裏に書かれた4枚のSWOT分析をレジの横から引っ張り出してきた。
2杯目の生ビールを飲みながら眺めてみた。
「うん、いい感じだよ。これだけ具体的なら合格点だよ」
「やったー」
由美ちゃんはうれしそうに、奥側のカウンターでチビチビ飲んでいる大森さんと近藤さんにハイタッチをしながら報告している。
強み、弱み、機会、脅威が、具体的に10~15項目くらいずつ並んでいた。
品揃え・メニュー、取引先との関係、お客さんの層、商店街の状況・将来計画やオフィスビルの具体的な建設計画も追加されていた。
建設会社の近藤さんや商店街の役員の大森さんから細かい話も仕入れてるようだ。
由美ちゃんは、テーブルのお客さんの注文を確認して戻ってきた。
「良かった。結構、考え出すと機会なのか、脅威なのかわからなくなるのよね」
「そうだね。例えば、オフィスビルが出来るのが機会だと思っても、ライバルの店にとっても同じことだよね。例えば、若い女性の多いオフィスが増えた場合、ライバル店の雰囲気が女性向だと機会にならないとも言えるからね。そこは、自分の店の強みとの組み合わせになる。その検討は次のステップでやろうと思うんだ」
「次はどうするの」
「クロスSWOT分析と言われている手法で、何をすべきかを検討していくのがいいと思う」
「クロスにするって言うこと?」
「当たり。こうやって、強み-弱み、機会-脅威を縦と横に並べて考えるようなものだ・・・やっぱりカウンターじゃ無理だな」
とりあえず、残っていた白紙を1枚使って、簡単に説明した。
カウンターの向こう側から大将も顔を出して眺めていた。
説明はこんな内容だ。
4枚の各項目を例えば、横軸に機会・脅威と並べ、縦軸側に強み・弱みと並べてみる。
そうすると、機会×強み、脅威×強み、機会×弱み、脅威×弱み、という4つの箱が作れる。
それぞれの組み合わせを検討して、改善策を抽出していくという作業をしていくと今後取り組むべき課題が出てくるというわけだ。
例えば、
(機会)新しいオフィスビルができる
×
(弱み)店には若い女性が入りにくい
「という点を考えてみよう。どうしたらいいだろう」
由美ちゃんに視線を移そうとしたら大きな影を感じた。雄二も覗き込んでいた。
「雄二、いつの間に来たんだ」
「大将も気づいていくれなかったからな。みんなで額をくっつけて、何かいたずらでも計画してるのかと思ったよ」
「鳶野さん、すいません。思わず、ジンさんの説明に真剣になってしまいました」
あわてて、大将がお通しの準備を始めた。
雄二が、由美ちゃんを挟む形で腰を下ろした。
「鳶野さん、今、ジンさんにクロスSWOTを教えてもらっていたの。生ビールでいいですか?」
「もちろん。これだけ暑いと、誰がなんと言ってもビールだ」
「誰も何にもいいませんけどね」
「由美ちゃん、本当に一言多くなったなあ。ほら、最近、とりあえずビールなんて、日本人の悪いところだなんて言う奴らがいるだろ。とりあえずビールのうまさを知らん人間だ」
軽口を叩き合いながら、雄二の前に生ビールとお通しが置かれた。
「かんぱい」
大きな一口を飲んでから雄二が口を開いた。
「ところで、そのクロスSWOTというのがどうしたんだって?」
「今、質問をしたところだ。由美ちゃん。オフィスビルによる新たな人が増える機会に対し、みやびが女性向きでないという弱みがある点はどうすべきだと思う?」
再度、質問を繰り返した。
「うーん、そのオフィスビルにOLが多いという前提ね。女性たちを呼ぼうと思えば、少なくとも、入り口が入りやすいことと、事前に、どんな店か、出来れば、いい感じという情報があればいいのよね。引き戸の曇りガラスをもう少し中が見えるようにしたり、店の中の写真をチラシやインターネットで見られるようにしたらどうかしら」
驚いた。
「由美ちゃんは、やっぱりセンスあるね。すばらしいよ。今のは、すぐにでも経営者に提案すべきだね」
「・・・だって。おじさん!」
由美ちゃんがすかさず、大将に向かって声をかける。
「わかった、わかった。戦略担当に任命するから、ジンさんとよく相談してくれよ。ジンさん。相談料として、今日の目玉、鯨ベーコン進呈」
「うわあ、ありがたい。幻になるかもしれないマグロとすでに幻と言われている鯨ベーコンだ」
すかさず雄二も手を出して、「うまいね」とビールも飲み干した。
「話を戻すと、女性向でないという弱みを改善する提案が出てきたわけだ。クロスSWOTでは、それぞれの組み合わせを考えて、最善や次善の策、もしくは回避策を検討するツールになるわけだ」
いつしか、近藤さんも身を乗り出して、お客さんそっちのけの大将や由美ちゃんと一緒にうなずいて聞いている。
(続く)
《1Point》
・クロスSWOT分析
具体的な内部環境の強み・弱みと外部環境の機会・脅威を組み合わせて、具体的な戦略を検討するためのツールとなります。
・「機会×強み」=事業機会に対し、自社の強みを最大限に生かすにはどうしたらいいか?
・「機会×弱み」=事業機会に対し、自社の弱みで取り逃がしてしまうことを回避するにはどうしたらいいか?
・「脅威×強み」=脅威に対しても、自社の強みでチャンスに出来ないか?
・「脅威×弱み」=脅威と弱みが最悪の事態を招かないようにするにはどうすか?
こういう問いを発して、それぞれの戦略仮説を検討します。
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